ビデオ編集の歴史

つい数年前まで、個人ユースでのビデオ編集といえばビデオデッキ同士をつないで録画と一時停止を繰り返すカット編集が当たり前でした。画像に特殊効果をかけるエフェクタや、字幕やタイトルを挿入するタイトラと呼ばれる機材は高価で、気軽に編集をというわけにはいきませんでした。そのうえダビングを繰り返すことで画質がみるみる劣化していくというありさまで、ビデオ作品をつくるということはとても根気の要る作業でした。そんな状況を一変させたのがデジタルビデオカメラ(DV)とパソコンの普及でした。
 
1) カット編集とは
2台のビデオデッキを接続し、作品に必要な部分だけを録画していく編集方法をカット編集と言います。プロでもアマチュアでも必ずやる編集方法と言えます。 2台のビデオデッキの間に、タイトルを入れるタイトラーや、フェードイン・アウトなどの特殊効果をかけるエフェクタをつないで、作品を仕上げていくのがアマチュアにおける一般的な編集スタイルです。プロの場合は、作品に使う部分を厳選するためだけにカット編集をして、その後でじっくりと特殊効果をかけたり、シーンのタイミング割りなどを測ったりするのですが、アマチュアのビデオの場合、ダビングを繰り返すと画質が落ちてしまいますから、出来るだけ画質の低下を防ぐために、このようなぶっつけ本番のスタイルを取らざるを得ないのです。こうしたカット編集の大きな欠点は、記録してしまった部分はやり直しが効かないということです。すなわち、シーン1からシーン10までの作品をつくっているとして、完成はしてみたが、シーン5の一部分だけが気に入らない、ということになると、シーン5以降はすべて新しく作り直さねばなりません。もちろん、OKのシーンを別にダビングしておいて、あとで一つにまとめるといったことも考えられなくはありませんが、ダビングを繰り返せば画質がみるみる落ちてしまいますから、あまり現実的な解決策ではなかったのです。では、どうしてそんなに画質が下がってしまうのでしょうか。
 
2) 画質が落ちる理由
一般に、ビデオは輝度信号と色信号というものに分かれて記録されています。輝度信号では映像の階調だけを記録し、色信号ではそこに乗るカラーだけを記録するようになっています。ところが、家庭用ビデオ(VHS,、8mm、ベータなど)には、ビデオの信号をそのまま全部記録するだけのスペースがありません。そこで、低域変換と呼ばれるしくみで色信号を圧縮、つまり細かい部分をごまかして記録しています。ですから、テレビの放送に比べると、どうしてもビデオで見る映像は色のにじみが目立ってしまうのです。そして、これをダビングすると、ごまかしに更なるごまかしが加わって、次第に色のバランスが崩れていってしまうというわけです。ほかにも、ダビングをすることで解像度が低下する(画面全体がぼんやりする)といった弊害もありますが、最も目につくのは色にじみだと思います。アマチュアがビデオ作品を作る場合、どうしてもこの画質低下の壁にぶつかってしまい、ダビング回数をいかに減らして作品を仕上げるかといったことも重要なテクニックのひとつになっていました。
 
3) ノンリニア編集とは
ところで、パソコンでのビデオ編集をノンリニア編集といいます。テープのように順を追う(リニア)必要がないことからこう呼ばれます。ノンリニア編集の利点を考えるには、カセットテープとミニディスク(MD)の違いを思い浮かべてください。MDでは曲の早送り、巻戻し、頭出しが瞬時に出来るだけでなく、曲の順序を入れ替えたり、途中で区切ることも簡単です。同じように、ビデオをハードディスクに取り込むと編集が非常に楽になります。また、パソコンに取り込まれた映像は単なるデジタルデータとして扱われますから、何度複製しても画質が落ちるということはありません。では、どうしてこんなに便利なノンリニア編集が、長い間普及しなかったのでしょうか。
 
4) ノンリニア編集が普及しなかった理由
昔からコンピュータを使ったビデオ編集というものは存在していました。しかし、パソコン自体があまりにも高価だったために、誰もが気軽に買えるという状況ではありませんでした。また、個人向けのコンピュータには、ビデオ編集に向かない面がいくつもありました。まず、ビデオ(動画)というのはデータが物凄い量になります。一般的なビデオは1秒あたり30コマの映像が動いています。1分では1800コマ、30分だと54000コマということになります。この容量の多さについては、普段はあまり意識しないことなので頭に留めておく必要があります。1コマの容量が仮に 200KB(0.2MB)だとしても、30分では10.8GB(約10,500MB)ということです(これに音声が加わりますから実際の容量はもっと増えますが、ここでは映像だけに絞って話を進めます)。そして、ほんの数年前までハードディスクは1GBで10万円近くしました。単純計算で10GBだと 100万円。30分間の映像のために、ここまでの投資は一般ユーザには到底出来なかったのです。また、ビデオデッキからの映像信号をパソコンに読み込ませるには専用の入力装置(キャプチャ)でデジタルデータに変換する必要があります。ビデオデッキから流れる映像信号は常に1秒間30コマのペースで流れていますから、これを受け止めるには1コマ200KBとして1秒当り6MBの信号を受け止める速さが要求されます。単純に比較は出来ませんが、昨今持て囃されているADSLの実質的な通信速度が1秒当り1MB前後ですから、どれだけ高速な処理なのかは分かってもらえると思います。このキャプチャだけで10万円以上します。そして、そこまでして映像を取り込んでも、パソコンでのビデオ編集ソフトは30万円近くしました。流石に高価なだけあって、こうしたソフトでは様々な特殊効果を加えることができます。しかし、実際に効果をかけようとすると、その処理(レンダリングと言います)に物凄い時間がかかってしまうのです。例えば1 分間特殊効果をかけるということは、1800コマ分の静止画の修正を行うのと同じだということです。1コマの修正に30秒かかるとすると、1分つまり 1800コマの処理を終えるのには実に15時間が必要だということです。レンダリングを速くするにはパソコン自体の処理速度を上げるしかありません。つまり、高性能で高価なコンピュータが必要になるということです。そして、数年前の段階では一般ユーザはそんな代物をとても手に入れられなかったのです。
 
5) DVの登場
家庭用デジタルビデオの規格を制定する際、ソニーと松下電器はかつてのベータ/VHSの争いの二の舞を避けるために、テープの規格をはじめいくつかの分野について予め取り決めを行いました。テープについては、当初8ミリビデオと同じサイズにデジタル記録をすることも検討されましたが、結局はテープ幅1/4 インチという小型の新規格が採用されました。将来の機器のさらなる小型化を見越して、テープのサイズも小さく定められたわけです。そして、1994年末に家庭用デジタルビデオ(DV)が初めて登場しました。このDVの登場こそが、家庭用ビデオにおけるひとつの革命でした。DVは、これまでの輝度信号/色信号という記録方法ではなく、コンポーネント方式と呼ばれるプロ用ビデオと同じ記録方法を取っています。これは、映像をR(赤)G (緑)B(青)という光の三原色に分解して記録する方法です。低域変換処理は行いませんから、不自然な色にじみとはおさらばということになります。しかしながら、圧縮を全くせずにコンポーネント記録をすると、データ量が膨大になってしまいます。1/4インチというテープ幅にデータを収めるには圧縮が不可欠となりますが、DVでは「4:1:1サンプリング」、そして「DV圧縮」という人間の錯覚を利用した圧縮技術で画質を落とさない方法を実現しています。 MDはカセットテープよりも小さくて薄いですが、音質は遥かに優れています。CDに比べると音を圧縮しているので音質は下がっている筈ですが、人間の聴覚があいまいになる部分を重点的に切り捨てているため、普通に聴いている限りは違和感を覚えません。DVの圧縮技術は、これと似たようなものだと考えてください。こうした圧縮技術により、DV記録では1秒あたりのデータ量は音声を含めて僅か3.6MBとなりました。
 
6) パソコンとの融合
ソニーと松下電器によるDVの規格制定の際、デジタルデータをやり取りするための規格として、IEEE1394端子が採用されました。この端子は、もともとはアップル社がパソコンのデータ転送のために開発したもので、アップルでの呼び名は”FireWire”でした。これを、 IEEE(米国電気電子学会)が1394番目の工業標準化規格として認定したので、IEEE1394と呼ばれるようになりました。この端子は、高速なデータのやり取りに適していたことと、将来のAV/PCの融合を見越してDVで採用となりました。ちなみに、ソニーはこのIEEE1394端子を “iLink”と称していますが、端子の形状や性能は全く同じものです。そして、1995年にMicrosoft Windows95が登場して、パソコンの劇的な低価格化が始まりました。IEEE1394はもともとパソコン用の端子ですから、ビデオ用に新たにキャプチャを開発する必要がありません。また、デジタルのままデータをやりとりできるので、アナログのビデオ信号をデジタルに変換するといった複雑な処理も必要なくなりました。また、IEEE1394は1秒当り200MBの転送速度を最低限保証しており、先述した1秒あたり3.6MBのデータ量は軽くクリアしています。しかし、ビデオ編集ソフトは依然として高価なままでした。しかし、1999年にアップルがiMac DVを発表。FireWire端子を標準装備した上に、ビデオ編集ソフト”iMovie”を無料で同梱しました。このモデルの登場が契機となり、 Windows陣営でもビデオ編集を売り物にしたパソコンが多数出回るようになりました。そして、パソコンの処理速度は加速度的に向上し、高かったハードディスクも現在では、100GBのものが約15,000円で売られています(2002年8月現在)。余談ですが、アップル社が1999年に販売した”PowerMacG4″は、かつてのレーガン政権時代に「スーパーコンピュータ」として規定されていた処理性能を上回ってしまい、国防総省から輸出制限をかけられる騒ぎになりました。それほどテクノロジーの進歩が凄まじかったということです。
 
7) おわりに
ビデオ編集の変遷について駆け足で述べてきましたが、現在のDV+パソコンによるビデオ編集環境がいかに恵まれたものであるかはお分かり戴けると思います。一方で、撮影する際の基本的な決まりごと、作品を仕上げる際の基礎的なテクニックは、機材や編集方法に関わらず変わらないものです。そうした事柄や、用語の解説等については別項で述べたいと思っています。